2016年05月14日

遊子のGコーラス - 152 ー

 5 / 13(金)  ・練習会 17:00 ~
 前半
  1. Onward Christi  2. いざ起て戦人よ 3, コキリコ節 4. ソーラン節 
  5. 斎太郎節 6. ジェリコの戦い   7.小さな草        
 後半
  1.わが歌  2.春へのあこがれ  3.ふるさと(オナーチン)  4.荒城の月  5.野ばら(メンデル)
  6.希望の島 7.中国地方の子守唄 8.子守歌(モーツアルト) 9.Ave Maria  10.ヴォルガの船歌  

 ・掲示板 No. 110 
 ・5月20日(金)の「スタジオHARU」 演奏について

   アーカイブ <名古屋ゴールデンエイジ・メールクワイヤー> 22年の歩み ㉚
    2000.9.21 ・第4回 海外演奏
            台湾・台北市訪問 「第三回中日親善交流演唱會」
  
「名古屋金齢男声合唱団」 (名古屋ゴールデン・メールクワイヤー)
  第1部 
1. Deutsch Messe   (1) Zum Eingang (2)Zum Gloria
2. Agunus Dei 3. Requiem Aeternam
4. Steal Away 5. Onward Christian Soldiers
 第2部
1.自由之歌  2.小 草  3. 夕 陽
4.再見了、小泪珠   5. 野薔薇  6. 阿里山的姑娘
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 ・練習曲資料 45 時計台の鐘  <関連情報>
  この「時計台の鐘」という歌は、大正12年(1923年)に若きバイオリニストだった高階哲夫(たかしなてつお)が、妻でアルト歌手のます子とともに演奏旅行で札幌を訪れたときの印象を歌にし たもので今では、時計台の歴史と結びついて、札幌市民の心の歌となっています。

 子守唄のような哀調で、歌詞を言い聞かせるように、メロディでなだめて寝かしつけるように、歌っていて、自然に癒されて気分が和んでゆきました。
 もしかするとこの時ます子は、ニ人の間の一粒種の女のお子さんに、父が作った歌を母の自分が子守唄のように歌ってきかせて、残したかったのかもしれません。

  二人は同じ時期に東京音楽学校(現在の東京芸術大学)で学び、卒業後に結婚。
  結婚の翌年、大正12年(1923年)にます子の故郷の札幌で開かれた演奏会で、  
  新婚の夫婦はバイオリニストとして声楽家としてそれぞれステージに立ちます。

  演奏会は時計台の傍にあった豊平館でも行われ、大盛況のうちに終わりました。
  ところが、新聞(北海タイムス)の評で、高階哲夫の演奏がこっぴどい酷評を受け
  てしまいます。

  まだ若い、新進のバイオリニストには大きな痛手だった傷心の哲夫は、札幌の街を
  歩き回り、その時のイメージを歌にし、1927年(昭和2年)に楽譜が出版されたと
  いうのがこの歌の誕生の定説になっています。

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・ 遊子の 脳トレ- エクササイズ
 < 虫食い川柳> ・・・ 珍答誤答は当たり前 ! 原句をあてる、
         正解を得るのが主目的ではなく、ことばをいろいろ考える楽しみ。
         原句よりすてきな句になることも !

   152    #267 控えめな 嫁が□ □ を望むとは 
        #268  老人の 住むには辛い□ の街  
        #269  立ち上がる たびに□ □ を入れる老い

                           #267→  (別居)
                                   
             顔2 #268 → (坂)  #269 → (気合)

 

                                                                                                       









     



Posted by あおなみ遊子 at 07:14│Comments(0)TrackBack(0)

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