2015年06月24日

Gエイジコーラス(ハイキング) ー58ー

  ~ 2015 年 6 月  ハイキング ~
庄内緑地公園 ~ 中小田井地区散策 と 昼食会 
   - 都会の一角に浮島のように残る郷愁風景 
   緑地公園(菖蒲園)から旧岩倉街道「善光寺別院」・「東雲寺」を周遊 ― 

 1. 日 時  6月20日(土)
        9:45 地下鉄鶴舞線「庄内緑地公園」の 改札口の前(2番出口)に集合   
 2. 行 程             
・「庄内緑地公園」を半周して、旧岩倉街道(中小田井地区)へ
  善光寺別院願王寺 → 東雲寺 → 地下鉄「庄内緑地公園」== 地下鉄「伏見」
  → 12:45「金盛園」    
   
3. 見どころ
・ 旧岩倉街道(中小田井地区) 岩倉街道は名古屋城下から岩倉方面に至る街道で、中小田井はその経路にあたり、野菜類や生活用品を扱う商家が建ち並ぶ町が形成されていた。現在の建物は、主に明治24年の濃尾地震後に建てられたものであるが、切り妻造りの伝統的な商家の建物が連なる。古い町並みが残る街道筋は短く約300m程度である。

・ 小田井は中世には織田井(おた井)といわれ、近世には上小田井・中小田井・下小田井の3村に分かれていた。中小田井は新川と庄内川に挟まれた地域で、度重なる川の氾濫に苦しめられた。天明年間(1781~88)に新川完成以後は水害が減った。、
 町並の入口あたりにある善光寺別院願王寺は、天長6年(829)、願王寺として開基され、中世には、松寿院長興寺と称された。明治年間、信州善光寺より本尊善光寺如来を勧請し、 昭和4年(1929)善光寺本堂が建立されて以来「善光寺別院願王寺」と称され 善光寺さんの名で地域住民に親しまれている。
・ 本堂は1977年の「日本建築学会賞」を受賞した建物。また、毎年6月、7月には大相撲名古屋場所のため、伊勢ノ海部屋がここを宿舎にしており屋外に稽古土俵も見られる。伊勢ノ海部屋は,古く宝暦年間(1751-64年)から現在にいたる約250年の伝統を有する相撲界きっての名門で、現在の伊勢ノ海部屋からは、8代藤ノ川や12代親方(2000年~)の北勝鬨をはじめ、土佐ノ海、勢などの関取を輩出している。

 ・庄内緑地公園 
 庄内川の小田井遊水地を利用した公園で、昭和43年12月の都市計画事業認可以来、「水と緑と太陽」をテーマに、野趣あふれる総合公園として整備が進められてきた。(1)高盛土地区にあるグリーンプラザ、(2)緑地部分(遊水地部分)とで構
成されている。
 グリーンプラザは緑豊かな環境の中で、(ア)自然と触れ合いながら健康運動ができる室内広場、(イ)温室、展示会・講習会を通して、緑化に関するさまざまな情報の提供と相談に応じる緑化普及啓発施設といった機能を併せ持つユニークな複合的施設です。
 また、緑地部分には、約3.5haある市内有数の芝生広場を中心に、ハナショウブ園、バラ園、わんぱく広場、ピクニック広場(デイキャンプ)、サイクリングコース、大噴水、ボート池などのほか、有料公園施設として、テニスコート、陸上競技場、ゲートボール場、室内広場(卓球・バドミントン・バスケットほか)などがある。

     
  ・毎月恒例(第3土曜日)の合同ハイキング。 (今月の最高齢 83歳)
  ・5月は天候に恵まれず中止となったので、久しぶりのハイキング。田口代表、指揮者の東氏、前代表の飯野
   氏の顔ぶれもそろい、いっそう盛り上がりました。河合リーダーのご高配に感謝。
  ・わがシニアグループを励まし応援してくれるが如く、天が梅雨の晴れ間を授けてくれました。そして、庄内緑
   地公園の正面入口の「ノウゼンカズラ」の花ももっとも美しい笑顔で私たちを迎えてくれました。
  ・ずっと以前から名古屋に在住の方にも、庄内緑地公園が初めてという人が何人かみえて、予想以上の広さ
   と美しさに感嘆の声があがる。また、大きな河川敷の中で災害のたびに避難を繰り返してきたというユニーク
  な地域の 存在を知る。
  ・広い芝生広場の中にそびえる1本の大木(樹齢100年とか) → 時計塔 → はす池 → 薔薇園 → 花
  菖蒲池を巡って庄内川の西堤防・岩倉街道の中小田井地区へ。
  ・後半のウォークは善光寺別院願王寺 → 東雲寺 → 地下鉄「庄内緑地公園」 == 地下鉄「伏見」
   何かと変わったお寺 <善光寺別院願王寺>
   ① お寺なのに鳥居をくぐって中に入っていく奇妙な寺?
   ② 鳥居に次いで、何やら見慣れない石像が出迎える。
  この石像のひとつはインドネシア・ジャカルタの「カルダ像」ともうひとつは韓国済州島の「トルハルバン守護神」。
 ・カルダは古代インドにおける天龍八部衆という仏法を守護する8神のうちの1つで、龍を食べるという鳥を神
  格化したもの。
 ・トルハルバンというのは、「石製の爺さん」を意味する済州島の言葉で、李氏朝鮮時代の1700年代に作られ
  たものらしい。日本でいうところの道祖神といったところ。

   どういう経緯でこの寺にこれらの像を置くことになったのかは、よく分からない。いろんなところからいろん
  な神様をよんで味方につければいいことがあるかもみたいな発想が感じられる。この像の裏には、お地蔵
  さんもずらりと並んでいる。
 ・①の鳥居があったのは、鎮守社として白山嗣が境内にあるからだろうと思われる。
 ・ガラス張りのモダンなお寺の右手前にある建物「明光閣」は岩倉街道沿いにあった庄屋・平手家の母屋で
  2003年にこの場所に移築された江戸末期の建物。

Posted by あおなみ遊子 at 07:58│Comments(0)TrackBack(0)

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